ACSM116における電子音響音楽上演形態の模索と
音響システム運用の変遷
柴山拓郎 泉川秀文 高野大夢 吉原太郎
(『音と音楽・創作工房116/CCMCと電子音響音楽の20年』
(2017年音と音楽・創作工房116発行)より転載)
1.概要
1997年、音と音楽創作工房116の前身団体であるCDMC藤田現代音楽資料センターは、フラ ンス国立視聴覚研究所・音楽研究グループ (Institut National Audiovisuel, Groupe de Recherches Musicales,以下INA-GRM) の協力を得て、日本人作曲家に電子音響音楽発祥の場 での制作を可能にする夏期アトリエを開始した。当時は電子音響音楽の制作環境を個人所有 することは、多くの作曲家にとって困難な状況であった。この夏期アトリエは、電子音響音 楽発祥の地であるINA-GRMのスタジオ116で、現地の作曲家の指導を受けながら作曲すること ができる、大きな訴求力をもった企画だったといえる。そして、INA-GRMにおける作品制作 およびそのCD製作と不可分であったのが、東京日仏学院(現アンスティチュ・フランセ)エ スパス・イマージュで実施してきたコンサートプログラムである。 このコンサートは1997年に実施した「コンピューターサウンズの祭典」をスタートとし、 2001年以降タイトルを「Contemporary Computer Music Concert (CCMC)」に改め、そして現 在に至るまでの20年間に亘って毎年継続的に実施されている、わが国、とりわけ関東におけ るフランス電子音響音楽交流の主要な企画の一つとして定着するに至った。パリで実施して いた夏期アトリエは、パーソナルコンピュータの低廉化によって多くの作曲家が、電子音響 音楽の制作環境を所有することが可能になりつつあった背景とともに、ユーロの高騰の影響 などにより、2007年にその役目を終えることになったが、CCMCは以降も現在に至るまでに毎 年の開催を実現している。 このCCMCでは、電子音響音楽の「上演」手法についても、INA-GRMでのそれに倣い試行錯 誤しながら模索し、現在の空間音響投影システムを独自運用するに至った。本稿では、 ACSM116が実施してきたCCMCにおける電子音響音楽の上演形態を概観し、上演形態の模索と 実践を通じてどのように現在のシステム運用が可能となったのか、また、それらの流れと背 景を 1) CCMC初回からCCMC2004、2) CCMC2005からCCMC2010、3) CCMC2011以降の運用につい て、それらの背景にある、国内において活発化した関連イベントによるアクースモニウム運 用の一般化、という視点から概観する。
2.初期の音響投影システム
1997年は、Power Macintosh G3 が発売され、パーソナルコンピュータが徐々に一般家庭 にも普及しつつある時代であり、オーディオ編集もまたコンピュータ上で可能になりつつ あった。電子音響音楽の制作ツールとして用いられていたPro Toolsは、digidesign社が開 発した。digidesign社は1995年にAvid社の傘下となり、その2年後の1997年に、48kHz/24bit のリニアPCM音声フォーマットをサポートしたProTools24を発売した。このような時代背景 のなか、音と音楽・創作工房116の前身団体である藤田現代音楽資料センターは、成田和子と INA-GRMとの提携のもと、夏期アトリエを開始した。このアトリエは、1) 電子音響音楽発祥 の場で作曲を行えること、2) ProToolsのTDMをはじめ高度な専門機器を備えたスタジオを自 由に使用できること、3) フランス人作曲家からの直接の指導を受けられること等が大きな 特徴であった。そして、この夏期アトリエでの創作の成果を日本で発表するための場として 「コンピューターサウンズの祭典」を同1997年10月23日に実施した。このコンサートが、フ ランス人作曲家と日本人作曲家による電子音響音楽作品や映像作品の上演や、若手作曲家へ のコンクールの実施を活動の中心としている現在のCCMCの原点といえるものである。翌年以 降も、同様に「コンピューターサウンズの祭典」の公演名で、1998年10月5日、1999年11月15日・16日にそれぞれ東京日仏学院エスパス・イマージュで実施した。2000年には、コンサー トは実施せず、フランソワ・ドナト氏を招いてのレクチャー「変化するミュージック・コンク レート」のみを行った。 本稿の主題である上演形態であるが、1997年の初回開催時の音響システムは会場設備ス ピーカーをステージ上に2つ配置してステレオ上演された。1998年には前年の音響システム に更に2つスピーカーを補強追加しステレオ上演された。1999年の詳細は不明である。これ らの公演で採用された音響システムの状況があり、INA-GRM夏期アトリエでの講習期間の最 後にスタジオで開催されるコンサートでは8チャンネル音響システムによる公演が行われて いたことから国内でのコンサートでもINA-GRMでのコンサートと同様に8チャンネル音響シス テムを導入するに至った。
このコンサートの名称がContemporary Computer Music Concert (CCMC) に改められたの は2001年の公演からであり、会場を日仏会館ホールに移して実施されたCCMC2001において外 部委託の音響システム構築により初めて8チャンネル音響システムが導入された。CCMC2002 では音響システム構築を(株)サウンド・クラフトに委託し、2001年10月25日の準備段階で は12チャンネルの空間投影を行うことが計画された(図1)。CCMC2003では、ドゥニ・デュ フール氏を招聘し、同氏と檜垣智也により8チャンネルのスピーカー配置が設計され、前年 同様(株)サウンドクラフトに音響システム構築を委託した (図2)。CCMC2004では運営委員 の葛西聖憲・成田和子が2002年に特別に製作を依頼したオリジナル8チャンネルフェーダー が使用され、会場に設置した10個のスピーカーをコントロールすることができた (図3)。こ の時使用されたオリジナルフェーダーはSTUDERのフェーダー部を8本並べて専用ボックスに 格納されたものであり、当初はADAT24HDに繋いで研究使用されていたものであった。この時 期のコンサートではスピーカー配置の試行錯誤があり、計画段階とは違う配置となったり、 スピーカーの追加や削減なども生じた。
図1 CCMC2002スピーカー配置図 (作成:株式会社サウンドクラフト)
図2 CCMC2003スピーカー配置図 (作成:ドゥニ・デュフール+檜垣智也)
図3 CCMC2004スピーカー配置図 (作成:檜垣智也)
3.2004年から2007年にかけての変革
2004年の夏期アトリエから2007年に至る期間は、1) 2004年の夏期アトリエで電子音響音 楽の演奏コースが新たに加えられたこと、2) 2005年にアクースモニウムとジョナタン・プ ラジェ氏を紹介するイベントを実施したこと、3) 前後して国内で過去のアトリエ参加者ら による電子音響音楽のイベントが活性化したこと、4) 2005年−2006年は音響システム構築を 外注していたが、2007年には運営委員と協力有志による自前の機材でシステムを構築するこ とが可能になったこと等の背景とともに、ACSM116の電子音響音楽の上演形態を概観するう えで、今日のシステム運用に至る重要な橋渡しとなった時期といえる。
3.1 夏期アトリエ2004とCCMC2005、CCMC2005−2006
CCMCにおける上演形態を大きく変える契機となったのが2004年に実施した夏期アトリエで ある。このアトリエは、2004年夏にINA-GRMスタジオが工事で使用できなかったことも要因 となり、新たにMOTUSとの共同として実施されることとなった。なによりも、これまで通り の電子音響音楽の作曲コースのほか、アクースモニウムによる電子音響音楽の空間演奏の方 法と概念を学ぶためのコースが加えられたことがこのアトリエでの大きな変化であった。 演奏法の講師は、ジョナタン・プラジェ氏が担当し、アクースモニウムの演奏方法とその 概念を、葛西聖憲・塩野衛子・志賀浩義・柴山拓郎・内藤正典・成田和子・宮木朝子の各氏が学ん だ。この2004年の夏期アトリエで作曲された作品と、演奏を学んだ参加者の「演奏発表」を 行うCCMC2005の実施に際しては、それ以前の音響システムとは、使用していたフェーダーも 規模も大きく異なる、アクースモニウムの導入が必要となった。演奏発表の実施にあたって は、過去のアトリエ参加者である作曲家の鶴田聖子氏の尽力により、オタリテック株式会社 からGENELECスピーカーの貸与を受けた。また、プラジェ氏がスピーカー配置設計し、音響 システム構築を(有)サウンド・オフィスへ委託し同社所有のMIDASのミキサーをコンソールと して用いた。以降、CCMCでは電子音響音楽の上演に際し、アクースモニウムを用いるように なった。 このアクースモニウムの日本への導入は、上原和夫、小原将、石上和也の各氏による企画 公演である「国際コンピューター音楽フェスティバル’98」(1998年9月18日-20日、神戸 ジーベックホール)を端緒としているが、ACSM116では2004年の夏期アトリエを経て実施し たCCMC2005以降、電子音響音楽の上演システムとしてアクースモニウムという呼称を用いる に至った。
このCCMC2005は、プラジェ氏とアクースモニウムを日本に紹介するため、東京日仏学院エ スパス・イマージュでのコンサート (2月18日-20日)、東京電機大学理工学部での特別講義 (2月22日)、東京日仏会館ホールでのコンサート (2月24日・25日)、スパイラルCAY「音の精 神」(2月26日・27日)の実施といった大がかりなものとなった。スパイラルCAYでは、(株)ス パイラル地下のレストランCAYの協力のもと、プラジェ氏と大友良英、ZAK、秋田昌美の各氏 とのセッションが実現した。また、プラジェ氏とアクースモニウムを広く紹介するため、畠 中実氏による「音の精神」のフライヤーへの文章提供や、同氏によるStudioVoiceへの記事 掲載が実現するなど、広報面においても力を注いだ企画となった。東京日仏学院エスパス・ イマージュ、東京日仏会館ホール、スパイラル・レストランCAYのそれぞれのスピーカー配置 プランは図4,5,6の通りである。
図4 CCMC2005東京日仏学院エスパス・イマージュ スピーカー配置図(作成:ジョナタン・プラジェ)
図5 CCMC2005日仏会館ホール スピーカー配置図 (作成:ジョナタン・プラジェ)
図6スパイラルCAY「音の精神」スピーカー配置図(作成:ジョナタン・プラジェ)
CCMC2005−2006は、東京での公演 (2005年12月)、神戸での公演 (2006年2月)の二つの公演 を行った。東京公演は、(有)サウンドオフィスに音響システム構築を委託したのをはじめ、 2005年12月初旬には東京電機大学理工学部内に22チャンネルのアクースモニウムを設置し、 東京公演への出演者に対して会場を公開し、練習の場が提供された。 神戸公演では、(株)TOAの音響システム構築協力のもと、運営委員の岡本久が中心とな り、公募入選作品コンサートおよびACSM116賞の発表と授与式をはじめ、招聘作家コンサー ト、作曲家によるマルチ・チャンネル・スピーカー・オーケストラ・ライブが行われた。地域連 携イベントとして市民公開講座「音と音楽、コンピュータ・ミュージック」、小中学生のた めの「音のおもしろ体験コーナー」も開催された。 ここまで、CCMC2004からCCMC2006は、企画内容や実施規模、開催地にそれぞれ大きな個性 が現れている。その一方でアクースモニウムの構築を業者への委託で実施していたという共 通点がある。CCMC2007以降、音響システム構築の手法が大きく変わった。
図7 CCMC2005−2006東京公演スピーカー配置図 (作成:柴山拓郎)
3.2 CCMC2007からCCMC2010にかけて得られた視点
CCMC2007−CCMC2009のアクースモニウムにおいては、次の段階として、外部への機材協力 や音響システム構築の依存度を減らすという目的をもって、スピーカーの配置設計からシス テム構築まで運営委員が中心となって主体的に行った。当然ながらシステムの構築には長時間を要したが、委員が所属する大学などの研究機関や委員個人所有の機材を持ち寄ることで 目的は達成された。またその背景として、電子音響音楽がもつ「プロフェッショナルな音響 業者では対応しにくい様々な芸術表現上の事情」に柔軟に対応するという目的も合わせもっ ており、電子音響音楽の魅力のひとつである「音響システムの多様な可能性」を育むことに 寄与したともいえる。 とにかく音響の専門業者にシステム構築を委任するのではなく、運営委員が力を結集して 音響システムを組み上げてゆく、この試行錯誤の時期は、巨大な音響システムがもたらす 様々なハード・ソフト双方の課題をどう解決し、乗り越えてゆくのかという知恵の蓄積につ ながった。また音響機器に関してもアナログからデジタルへの急激な技術転換期であったこ とを考えると、日本を代表する電子音響音楽イベントにおける重要な技術、経験が積み重ね られていった時期であったともいえる。 一方、CCMC2010では、運営委員による機材運搬の負担を減らすための試みとして、機材の 宅配便での輸送を試みた。そのため運営委員の葛西聖憲から、(株)ティーアールワイへの協 力を依頼し、デジタルミキサーのYAMAHA02Rおよび、GENELECのモニタースピーカーを多数借用し、システムの構築を行った。
3.3 アクースモニウムを用いた上演の拡がり
2006年までは、音響システム構築を業者へ委託することが必要であったが、2007年以降は 運営委員と有志によって自ら構築・運用することが可能となった。それを可能にしたのは、 1997年以来継続してきた夏期アトリエが国内で一定の成果を示し始めた流れが背景にあると 考えられる。東京電機大学においてMaxによるプログラムとMIDIフェーダーを用いたアクー スモニウムの開発運用 (2004年9月)とともに、同大学作曲・音楽文化研究室が主催する電子 音響音楽ライブ「orb」が開始されたことや(2002年2月−2012年3月)、大阪芸術大学音楽学 科主催によるAudio Art Circusの開始 (2005年11月−2015年11月)、ベルナール・パルメジア ニの来日公演に際してのACSM116および東京電機大学によるシステム構築協力や (2005年7 月)、ACSM116運営委員である吉原太郎によるElectro Sounds Spaceの開催(2006年−2012年、 山梨県甲府市)と、その後富士電子音響芸術祭へ発展を遂げたこと (2010−)、2008年の同志 社女子大学で開催された情報処理学会音楽情報科学研究会インターカレッジコンサートにお ける、アクースモニウムの導入など、多くの社会状況が現在のシステム運用とそれを支える 文化的な拡がりの醸成に大きな影響を与えたと考えられる。
4.2011年以降のシステムとその運用
2011年以降、前掲のような状況が土台となり、現在に至る音響システム構築作業の運営委 員会内での運用が可能となったといえる。 2010年までの課題として毎年コンソールの機種、スピーカーの機種・配置が変更されたた め、構築に要する時間が想定し難い状況があり、前年と大幅に違う機材構成で構築しなけれ ばならなかったという事情があった。特にコンソール周辺機材の固定化に着手することがこ れらの課題を克服するための第一歩であり、CCMC2011以降はこの点を重視し、機材の軽量・ 少量化、省電力化、構築時の時間短縮化のための工夫・造作の検討・実施・検証を繰り返し た。音質の向上と機材の少量化を同時に実現することは大変厳しい課題であったが成田和子 はじめ多くの方の協力により各種課題を克服することができた。 ここでは2011年以降現在までの記録をまとめる。
4.1 CCMC2011〜CCMC2016
CCMC2011ではフランスよりベルトラン・デュブドゥ氏を招聘した。音響機材はこの回から 富士電子音響芸術祭の機材を全面的に使用することになり24チャンネル24スピーカー+8ス ピーカー(8トラック作品用)によるアクースモニウムが構築された。富士電子音響芸術祭 の音響システムは前身であるElectro sounds space(2006-2012)で揃えられてきた機材を 中心に大空間に対応するために拡張されたものである。新規導入された(株)ソーケン・ (株)ソーケン製作所社製無指向性スピーカーION SPACE、Electro Voice社製 Sb122、JBL 社製EON305、AMCRON社製デジタルアンプを除いて多くの機材が中古機材であり、中には壊れ たスピーカーを修理して使っているものも多数混在する状態であった。コンソールは武藤勲 氏からの提供により SOUND CRAFT社製SPIRIT STUDIO LC を用いた。フェーダー2チャンネル 分の不調により当日は22チャンネル環境となったものの、このトラブルは、万一に備え予備 のミキサーを用意しておく必要性が高まったきっかけとなった。遠山正真氏からデジタルア ンプ(amcron社製XTi1000およびXTi2000)の提供を受け、パワーアンプのデジタル化への第 一歩となった。また、この時点では8トラック作品の上演のためのシステムの共存が困難 だったため、アクースモニウムとは別回路に分けられ独立した8個のパワードスピーカーが 用意された。
CCMC2011において、総消費電力の削減のための機材構成の見直しと効率的なワイヤリン グ、スピーカーの更新の必要性が明らかとなった。折しも、低価格デジタルアンプが登場し 始めた時期と重なったため、システムの運用には好機であったと考えられる。
図9 CCMC2012 ブロックダイヤグラム (作成:泉川秀文)
CCMC2012では24チャンネルアクースモニウムが構築された。前年不調だったフェーダー基 盤は武藤勲氏による整備を受けたことで、前年とほぼ同じ機材構成を踏襲し、8トラック作 品の再生用スピーカーも前年同様独立したものを設置した。また、この時期には、富士電子 音響芸術祭での大がかりなアクースモニウムの構築に関わったより若い世代のアーティスト がCCMCの音響システム構築にも大きな役割を果たしたため、各機材の特徴や個体差など、設 営や運用に際しての細かな状況を事前に共有することができたことも、CCMCでの円滑な構築 を可能にした大きな要因のひとつといえる。
図10 CCMC2013のコンソール (撮影:岡本久)
CCMC2013ではフランスよりクリスティーヌ・グルト氏を招聘した。26チャンネルアクース モニウムが構築され、コンソールはALLEN&HEATH WZ3 16:12を2台連結して使用する方式へ刷 新された。運営委員の柴山拓郎、吉原太郎に加え、国立音楽大学の足本憲治氏の協力によ り、CCMCでは予備機1台を含む3台構成となった。コンサートの規模によって、16チャンネ ル、32チャンネル、48チャンネルのいずれかの規模を選択できるようになり機動性を高める とともに、コンソールの不調時にも対応できるようになり、関係者にとっての安定した信頼 性を確保できるようになった。これらのコンソールは、武藤勲氏の協力のもと、アクースモ ニウムに特化するための切替回路を付加しているため、2016年現在も同氏によるメンテナン スを継続的に受けられる体制を維持している。 また、辻弘人氏の協力によりメインスピーカー、サブウーファー用のアンプをamcron社製 XTiシリーズからXLS1500へ変更し、不安定な電圧環境での安定化、省電力化を進めた。高音 域再生スピーカーには、小田切浩氏製作によるエンクロージャーにFOSTEX社製ツィーターユ ニットを装着したオリジナルスピーカーを導入した。 CCMC2013以降、アクースモニウムのための2チャンネルソースと8チャンネルソースを共存 させ、切替を簡便化するために、オーディオインターフェイスとMaxによるプログラムを介 在させたシステムへと移行した。このプログラムは、東京電機大学が2004年秋から開発運用 してきた、MaxとMIDIフェーダーを用いたアクースモニウムのシステムを転用したものである。プログラムは、1) CDからアナログ出力される2チャンネルオーディオソースを再度デジ タル音声信号に変換し、2) 2チャンネルのデジタル音声信号をそれぞれ出力スピーカー数に 応じて分配し、3) 8チャンネルの音声信号については、オーディオインターフェイスで8 チャンネルのアナログ信号として受け取り、4)うち、1−2チャンネルをCDからアナログ出力 される2チャンネルオーディオソースとミックスし、5) 残りの3−8チャンネルはインター フェイスで直に受け取り、Maxのパッチ上で、2チャンネルモードか8チャンネルモードかを 切り替えて使用する、といったごくシンプルなものである。Maxパッチを使用するメリット としては、 a) アクースモニウムへの音声分配がデジタル音声信号として均一化できるた め、アンプに入力される以前の音量調整を簡易化することが可能であること、b) 2チャンネ ルソースと8チャンネルソースの併存が可能であること、c) Maxパッチ内部にオーディオ再 生機能搭載し、パッチ上でのファイル再生が可能になること、d)トラック音源2チャンネル 以上のマルチチャンネルを空間に分配する際に、会場内に配置されたスピーカーに自在に音 を出力することが可能となり、ゲスト作曲家などの希望に柔軟に対応することが可能となる ことなどが挙げられる。
図11 CCMC2013 接続経路 (作成:高野大夢)
このように、音源からメインコンソールまでの接続経路はCCMC2013でほぼ固定化され現在 に至っている。またこの年はスピーカーの更新を手掛け始めた年でもある。
図12 CCMC2014スピーカー配置図 (作成:高野大夢)
CCMC2014では28チャンネル28スピーカー構成となり、図中の1〜8(標準8チャンネル)の スピーカーがElectro Voice社製ZX1-90bに更新され、この部分のパワーアンプもamcron社製XLSシリーズ4機に更新しデジタル化が進んだ。特に会場の不安定になりがちな電圧降下にも 対応できるモデルとなり、会期中のシステムの保守の面においても安定化を実現した。 CCMC2015ではフランスよりレジス・ルヌアールラリヴィエール氏を招聘した。この回から パワードスピーカーを機材構成から外し、パッシブスピーカーのみでの構成へ移行した。例 年音響システム構築を担当するメンバーも固定化され、これまでの経験の蓄積により、搬入 から音を出すまでにかかる時間は約3時間程度と、大幅に短縮した。機材の搬入から音響シ ステムの構築にはじまり、50近くの作品のリハーサルと本番での上演から、終演後のシステ ムの解体・搬出までのすべてを3日間でこなさなければならないCCMCにとって、時間の配分 はかねてから改善すべき最も重要な課題であった。過去にはシステムの構築に10時間近くを 要した年もあり、この作業時間はコンサート全体の順調な進行に大きく影響を及ぼすもので もあった。しかし、搬入・構築時間の短縮が実現したことによって、リハーサル時間を大幅 に増やすことにもつながり、リハーサルと平行して音響システムの微細な調整のための時間 も確保することができたため、会期中のトラブルは格段に減り、現在の安定した運用が可能 となった。
C C M C 2 0 1 6 で は フ ラ ン ス よ り ヴ ァ ン サ ン ・ ロ ヴ フ 氏 を 招 聘 し た 。 音 響 機 材 は 更 な る 総 消 費 電 力の削減と音質の向上との両立を目指すため、足本健治氏、成田和子の協力により標準8 チャンネル用パワーアンプをAmcron社製XLSシリーズからLab.Gruppen社製C10:8X、小型パッ シブスピーカー用に8チャンネルアンプAmcron社製CT875への置換が実現した。これにより CCMC2016において28チャンネル分全てのパワーアンプのデジタル化が完成した。音質を向上 させながら機材を少量化し、搬入・構築の時間短縮を計ることはかねてからの目標であった が、CCMC2016でひとつの到達点に達したといえる。
4.2 課題
今後の課題として、1)更なる機材の少量化を検討すること、2)2チャンネル音源の分配と マルチトラック再生機からの音源をアナログ環境において共存させる方法を考案すること、 3)個別のチャンネルへのより微細な音響プロセッシングを実現させること、4)デジタルミキ サーの導入を検討すること等が考えられる。個人や大学などで保有する機材の状況の情報共 有も出来上がりつつあり、一箇所に集中しがちな機材調達の負荷分散をすることによりコン サートそのものの機会を増やしていける可能性も出てきた。多くの機材を複数箇所から会場 へ搬送する方法についても今後検討が必要であろう。CCMC2016までは、現運営委員が中心と なって機材の手配・構築をしてきたが、今後の継続的な運営を考慮したときに、さらなる若 手スタッフの参画を呼びかけることが重要となる。それにより、これまでの知見の共有を通 じ、CCMCが電子音響音楽の創作の場としてだけでなく、音響システムの運用や維持といった 電子音響音楽の文化を総体的に支えていくための場として、力強い継続と発展が可能とな る。
5.まとめ
本稿では、ACSM116およびその前身団体であるCDMC藤田現代音楽資料センターが20年に亘 り実施してきた電子音響音楽コンサートにおいて、上演形態やそのための音響システムの構 築や運用がどのような変遷を経て現在に至ったかを概観してきた。これらが示しているの は、ACSM116では、20年に亘り、わが国における電子音響音楽の創作フィールドの創生や、 CCMCの運営を通じた、次世代への創作の継承に一定の役割を果たしてきたことだろう。 アクースモニウムの国内における最初の運用は、前掲のとおり、1998年の上原和夫氏によ るコンサート「国際コンピューター音楽フェスティバル’98」によるものであるが、 ACSM116も2004年以降のアクースモニウムの国内における普及に大きく寄与してきたといえ る。その背景には、ACSM116が夏期アトリエとCCMCを2007年まで不可分の企画として実施してきたことと、その流れのなかでどうやって上演するかという模索があって現在に至ってい る。さらに、2004年の夏期アトリエに「演奏コース」を設置したことや、ACSM116アトリエ 参加者による電子音響音楽分野の活動が急速に展開するとともに、ACSM116の夏期アトリエ やCCMCへの参加作曲家が、後進の教育面においても一定の役割を果たしており、今後もその 一助となるべく継続していくことが期待される。 また、スピーカー配置設計から音響システム構築・撤去までの実質的な作業は、ここに全 て掲載仕切れないほど多数のCCMC参加者の助力も欠かせないものであることも強調しておき たい。今後のCCMCを中心とした電子音響音楽の創造的なフィールドの維持・継続と拡がりも また、運営委員と参加者が共に作り上げていくことになるだろう。 最後に、本稿が、わが国における現在の電子音響音楽の上演形態に関する学術的な総論が 論じられる契機の一端となることを期待する。
参考資料:
図1 CCMC2002スピーカー配置図, ACSM116運営委員会,株式会社サウンドクラフト, 2002. 図2 CCMC2003スピーカー配置図, ACSM116運営委員会,ドゥニ・デュフール, 檜垣智也, 2003.
図3 CCMC2004スピーカー配置図, ACSM116運営委員会, 檜垣智也, 2004. 図4 CCMC2005東京日仏学院エスパス・イマージュ・スピーカー配置図, ジョナタン・プラ ジェ, 2005.
図5 CCMC2005日仏会館ホールスピーカー配置図,ジョナタン・プラジェ, 2005. 図6 スパイラルCAY「音の精神」スピーカー配置図, ジョナタン・プラジェ, 2005 図7 CCMC2005−2006東京公演スピーカー配置図, ACSM116運営委員会, 柴山拓郎, 2005. 図8 CCMC2011のコンソール, 岡本久, 2011.
図9 CCMC2012ブロックダイヤグラム, ACSM116運営委員会, 泉川秀文, 2012. 図10 CCMC2013のコンソール, 岡本久, 2013. 図11 CCMC2013ブロックダイヤグラム, ACSM116運営委員会, 高野大夢, 2013. 図12 CCMC2014スピーカー配置図, ACSM116運営委員会, 高野大夢, 2014.